立ち わかれ いなば の 山 の 峰 に お ふる。 『小倉百人一首』016「たちわかれ いなばのやまの みねにおふる まつとしきかば いまかへりこむ」(中納言行平:ちゅうなごんゆきひら)『古今集』離別・三六五 from 古文を入試から教養へ=電脳学館rcs.methods.co.uk

お 峰 わかれ の の いなば 立ち ふる に 山

の美しいの夜に、で諸国一見の旅のが、いわくあり気な松を見つけ、それが松風・村雨の旧跡と知りを上げ弔う。

お 峰 わかれ の の いなば 立ち ふる に 山

詞書は「がの例にならって芹河行幸をなさった日」の意。 めまぐるしいまでの技巧を駆使している。

お 峰 わかれ の の いなば 立ち ふる に 山

みなさんは「ちはやふる」の歌に在原業平がどのような思いを込めたかご存知ですか? 何百年も前の歌なのに、現代に生きる私たちも「ちはやふる」を通して、その気持ちを推し量ることができます。

お 峰 わかれ の の いなば 立ち ふる に 山

解説: 藤原敏行朝臣(生年不詳~907あるいは901)右兵衛督、従四位上。 【他出】業平集、伊勢物語、古今和歌六帖、俊頼髄脳、奥義抄、和歌童蒙抄、万葉集時代難事、袖中抄、宝物集、和歌色葉、定家八代抄、色葉和難集、六華集、歌林良材 更新日:平成15年03月21日 最終更新日:平成21年02月28日. 行平の和歌 [ ] 詳細は「」を参照 であった在原行平が、須磨に流された際に出会った姉妹のを愛した話を基に、一途な恋慕や懊悩する女心を歌った叙情豊かで幽玄な趣を持った謡曲。 旅の歌人といえば「能因」や「西行」が思い起こされますが、もしかしたら業平はその先駆者かもしれませんね。

お 峰 わかれ の の いなば 立ち ふる に 山

伊勢物語によれば芦屋には在原一族の所領があった。

20
お 峰 わかれ の の いなば 立ち ふる に 山

都から遠く離れた地方都市へ赴任する自分の身を思い、都への断 ちがたい思慕を詠んだせつない歌です。

14